下辺さんの場合 ①
下辺さんの場合 ①
あたしは、こんな学校にいたいわけではなかった。
お母さんもお父さんも、あたしでままごとをしているだけ。
あたしの自由なんてどこにもない。
学校では小難しい数学やどこのジジイが喜ぶのかわからない古典、それに仏様がどうたらこうたらゆってるだけ。
運動なんてほどほどでいいのに部活に入ったら朝早くから夜遅くまで練習、練習、練習……。
全部が全部うんざり。
そんなことよりも、学校なんて無視して、人をぶったほうがスカッとすることに気づくまで、時間はかからなった。
ーーー
立てない。
階段から落とされて、そこから蹴り入れられて……っ……骨が折れているまではいっていなさそ……
ああ、くそ。
「あああああああ!」太陽は沈むだけで何も答えない。
やっぱり、立てない。
全身が痛い、だけじゃない、心の奥が悔しくて、立とうとするたびに脚の力が抜けてしまう。
喧嘩なんて、こんなこと、全然あるのに。なんなら、あたしが勝った回数のほうが、数えたら多かったと思うのに。
立とうとも思えない。
あたしの心は、セミの鳴き声に溶けていった。
ーーー
勉強なんか、何時間もしてらんない。覚えないと大変だぞとか、じゃあできなかったらどーしていけばいいわけ?
その80点とかが何がエラいわけ?
部活なんか、センパイ方が偉そうにしてる裏でセコセコ手伝ってるだけ。
ヤツら見るとキモくてブルブルする。
気が向いたから出た集会ではこの前、どっかから来たテンコーセーとやらが生徒会長になったとか、皆さんもこの人のように素晴らしい人になりましょうとか、マジでバカみたいなことをゆって、それを皆で拍手して。
白々しいっちゃありゃしないと思った。
ーーー
「あなた、大丈夫?」
痛い……ああ、なんでこんなに……そうだ、あたしは、負けて、そのまま寝ちゃったのか……
「水で洗って、バンソコー貼ってあげるから、ほら、立てる?」
「つつ……だ、大丈夫……」
よくわからんけど、親切な誰かさんに無理矢理たたき起こされたようだった。
あたりは暗くなっていた。
公園の夜の電気をたよりに、結局そのまま蛇口の前まで連れてこられた。
「私ね、芹岐っていうの。あなた、ウチの学校の子でしょ?」
「あなた、喧嘩してたの……?」
「ああ、こんなとこにも傷が……。」
ギュルッと音がすると、蛇口から水が流れ始めた。
誰かさんはせわしなくあたしの世話をしようとしてる。余計なお世話なのに……。
「痛いから……我慢してね。」
寝ぼけてて、頭が回らなかったけど、流水の刺すような痛みで徐々に頭が晴れていった。
思い出していた。セ……リ……?どこかで聞き覚えがあった。
ああ……生徒会長がそんな名前だったか。
あの鼻持ちならないテンコーセーの、芹岐。
突然ムカついてきて、脚を振って水を当ててやった。
「きゃあ」とかいって顔を隠した。
ちょっと心は痛むけど、こんなヤツの世話になるわけにはいかなかった。
「ふふ、冷たい。あなたは、自由だね。」
なんか言い出した。
「自由な人は素敵。」
はぁ?素敵って、はぁ?まじで、キモイ。意味わかんない。
「意味わからなくないよ。」……反論された、なんか声に出てちゃってた……。
べっちゃりと濡れた髪が、芹岐の顔半分を覆っていた。
不意打ちくらったマヌケ面が、半分だけ見える大きな目でこちらを見つめていた。
なぜか、目が離せなかった。いや、離されてくれないような気がした。
気まずくて、とりあえず舌打ちして、あたしは走って家に帰った。
ーーー
「逃げられちゃった、か。」
少女はきょとんとした表情で独り言ちた。
違和感があるのか彼女が周りを見渡す。……水を顔にかけられたとき、それが服にまで及んでいたようだった。
「あちゃあ」
少女はため息を吐き、反面どこか納得するような風情で公園を後にした。
街頭は徐々に消え、そこに何もなかったかのように虫の声だけが残った。