下辺さんの場合 ③
下辺さんの場合 ③
「くすっ」
芹岐は下辺を押さえつけながら笑った。
「信じてくれないんだ。」
笑顔を崩さず、芹岐が尋ねる。
「ふざけんな!お前にあたしの何がわかるって!返せ!」
下辺が暴れる。何もかもお構いなしと言わんばかりに、ポケットから出した携帯電話で芹岐をガンガンと殴りつけている。
「ふぅ~ん……」芹岐は余裕を一向に余裕を崩さない。それどころか、彼女は下辺に顔を近づける。
「くそ、近い!キモい!どけよ、どけ!」
お構いなしと言わんばかりに芹岐は微笑む。
そして彼女は唇を意味ありげに開いたと思うと。
次の瞬間、右手の煙草は芹岐の口元にあった。
下辺のものであったはずの煙草は歯と舌で見せつけるように咥えられ、その先でぼんやりと火をともしている。
「は?」
下辺が呆気にとられている中、芹岐は澱まぬ仕草で「ふぅ」と、ゆっくり煙を相手の顔に吹きかけた。
「ふふ、これで私も共犯者だねっ」
おおよそ生徒会長がとるとは想像できない行動に、下辺はまだ固まっていた。
芹岐の髪が、煙草の煙とともに風に揺られていた。
ーーー
「はっ……はは……お、おもしれーじゃん……。」
あたしはあまりのことにビックリしたけど、アイツのペースに流されるのもシャクで、とりあえず平静を装った。
こいつ、キツエンしやがった!校則を思いっきり……!!
「ねぇ~?これで、信じてくれた?」
あいつはまだ、余裕ある目でこっちを見ている。
まん丸な目で、こっちをじいっと見ている。
アイツの煙からは、桃のような匂いがした。
さっきまで暴れてたから、とりあえず暴れなくて良さそうで、深呼吸。
疲れた……心臓がバクバクする……。暴れすぎたのか、視界がなんだか暗く感じた。
ぜーはーと2分ぐらい息を整えると、少しは動けるようになってきた。
こいつはまだあたしのうえでニヤニヤしてる。なんなの?
「あのさー……信じてほしいなら起こしてくんない?」
「あら、ごめんなさい♡」
芹岐はゆっくりあたしから離れようとした瞬間、空がゴロゴロと鳴り出した。
そして、ぽつぽつと雨が始まると……30秒もしないうちにザーザー降り始めた。
「やばっ……濡れる!」あたしはバタバタと階段のところまで走っていった。
ーーー
下辺は、屋内になんとか逃げ延びた。
それに少し遅れて芹岐が走ってくるが、途中でずてっと大きく転げた。
「ちょっと、大丈夫か?」と下辺が声をかけると、なんとか芹岐も立ち上がってこちらまで走ってきた。
「あーあー、雨にやられたね。」下辺が芹岐を気遣う。
芹岐の制服は、ビショビショになり、無残な姿になったセーラー服の下には黒い何かが透けている。
「?」と下辺が覗くと芹岐は察して答える。
「私、今日水泳の授業だから、下に水着、着てきちゃった。5時間目からだったのになあ~」
「芹岐……サン、あんた結構オーチャクだね……。」と下辺も呆れた様子で返すが、芹岐は嬉しそうに微笑んでいる。
「あなたに水をかけられたから、またかけられたらどうしようって思って着て来ちゃった。」
「はい?」
またもや下辺は驚いたやら、変人を見る目で芹岐を見つめる。
芹岐は続ける。
「生徒会長なんて、窮屈なものだよ。私だって、真面目にやって点数をもらうためにやってるみたいなものだもの。本当なら、あなたのように暴れ回ってみても楽しいのかもな~って、思ったりするよ。」
下辺はため息を吐いて答える。
「はぁ……。いや、あたしも別に……。嫌なんだよ、自由じゃなくされまくってるから、別に、喧嘩するより楽しいことがあったら、そっちしたいし。」
「暴れたいわけじゃないんだ。」
「まあ……そうかも。」
「じゃあ、私たち、似た者同士かもね。」
生徒会長と不良という似つかわしくない2人の会話は堰を切って振り続ける雨のように、いつまでも続いていた。
チャイムが鳴ったかどうかは、既に定かではなかった。
時間も音も、すれ違いも、何もかも雨が流し去っていくようだった。