下辺さんの場合 ②
下辺さんの場合 ②
「輪廻……には……つの道があります。」
こむつかしい授業の内容に、ジーワージーワーとセミの鳴き声がまじって響く。
「この……を抜け出すために……は解脱ということを……。」
ああ……どうでもいい授業よりも、セミばっかが耳に入る。
先公の声が波のようになって、きこえないラジオみたいになって、あたしの眠気を誘ってくる。
「……が悟りを目指……、煩悩の、……悪魔のような……です。それから……を受けます。……パーピ……スと言い……」
ああ……もう限界……。
ーーー
時計が12時45分を指し示すと同時に、學園内にチャイムが響き渡る。
授業が起立・礼とともに終わりを告げると、生徒はみんなワイワイガヤガヤと動きだしていった。
強弱様々な香りが漂い、何よりも雄弁に昼食の時間を告げていた。
他の生徒よりも随分と様子が異なる制服の少女が、独りで静かに教室から消えた。
彼女は廊下に繰り出すやいなや、懐からサンドイッチを取り出し、ずんずんと階段を駆け上がっていった。
階段の終端、扉にかかった南京錠をぐいっと引くと、とっくの昔に役割を失ったそれがぼろりと外れ、階段に烈日が差し込んだ。
ーーー
どこまでも広い青空……と超アツい日差し。ここにはうっとおしいマジメちゃんどもも、小うるさい先公どももいない。当然、ここでだったらタバコを吸ってもバレない。
さすがにお手洗いにタバコを流して詰まらせて犯人捜しが始まったときは怖かったから、あんなとこよりもここで吸うほうがいい。
タバコって、安心する。
あたしがあたしって感じがする。
煙にまみれてると、この世界のムカつくことが全部消えていく気がする。
ライターをかち、かち……と鳴らして着火する。
あたしはタバコに火をつけて、思いっきり吸い込んで煙を吐いた。
その瞬間、ぎぃと音がした。やばいと思って、瞬間タバコを足で踏んで消し潰した。
……先公だと思ったが、入ってきた影はチビだった。ちょっとビビらせたら出てくだろ……。
「おいてめえ!出てけよオラ!」
しかし、チビは、微動だにしないどころか、こっちに近づいてくる。
「あはは。屋上って入れたんだ。」
聞き覚えのある声。半分だけ目が隠れたよくわかんない暑苦しい髪型。
ああ、この声は。
芹岐……。公園であたしに近づいてきたテンコーセーの生徒会長……。
「ねぇ……何か変な臭いがする……。ここ、何かあるのかな?」
「うるさいなあ……なんもねーっての……」
あいつ、感づいてる。とりあえずビビらせておく。
「ふぅ~ん。じゃあ、ちょっと後ろにどいてくれてもいいかな……?」
「あ?お前邪魔なんだよ!」
こいつ、もしかしてこの前のこと根に持ってる?
くそ、メンドくさい。さっさとどっかいってもらうしかない。
あたしが拳を振りかざそうとしたら。あいつが、私の肩をドンと押してきた。
あんなチビに押されたのに、なぜかバランスが保てなくて、倒れ込んでしまった。
ビックリしたあたしが声をあげる前に、アイツは足元の煙草を取り出し、握りこんだ。
「ふぅ~ん?こんなの、隠してたんだ……♡」
芹岐は心の底からニヤニヤして、キモい笑顔で煙草をつまみあげて、何かすごい力でおもいっきりあたしを抑えこむ。
「2年D組、下辺成美さん……。あなたの名前、この前調べちゃった。」
どこからこんな力が出てくるのか、全然わからないが、とにかく、とにかくもうとんでもなく面倒くさい。
「煙草は獅子王學園校則第25条にて禁止されていて、破ったら停学14日。悪質な場合は、退学処分……」
こいつ、生徒会長だろ?チクるつもりだ。生徒会長なんてチクり魔しかいない。
「離せっ!くそっ」
とにかくもう必死に抵抗するが中々剥がれない。
「ふふ、ダイジョーブ。私、こんなつまらないことであなたを先生に差し出したりしないよ。」
は?こいつ、今なんていった?
「は?」
「だから、ダイジョーブだって。私、あなたのこと、気に入ってるんだよ。」
「は?」
時間が止まった。
芹岐、この人何かんがえてるの……?
キモいだけでなく、頭おかしいんじゃないの?